日本語の「くすむ」とは

日記を書いていて「くすんだ色」と打ち込もうとしたら、漢字には変換されなかった。何か漢字があったような気がしたのだけれど、常用じゃないから変換されないのか、と思って調べてみた。

くすみ

「くすむ」に当てる漢字はどうも無いようである。しかし、「くすぶる」に対しては「燻る」という漢字がある。「くすぶ」が「くすむ」とが混乱して漢字を当ててしまった誤用かと思われる。「すさぶ」と「すさむ」みたいにバ行音・マ行音の両方が使用される言葉もある。言葉によっては、「ぶ」と「む」が入れ替わることもよくある。

そう思ってもう解決したつもりになっていたら、閑吟集の中にこんな歌がある。

何せうぞ くすんで 一期は夢よ ただ狂へ

「何をするのだ まじめくさったところで 一生は夢さ ただ狂え(遊び暮らせ)ばよい」という意味。

閑吟集というのは、室町後期の永正15年(1518年)に成立した、ある桑門(世捨て人)によってまとめられたと言われる小歌の歌謡集である。ここで「くすむ」とは真面目くさるという意味である。谷川健一『古代歌謡と南島歌謡』(春風社)による解説では、「くすんで」を「燻んで」と漢字で表記している。しかし、これ以外ではひらがなを当てているものばかりだ。

「くすむ」を辞書で

辞書を見てみる。ネット辞書と手元の辞書をいくつか見て下の表にまとめた。「くすむ」の3の用法が紛らわしい。「田舎で-・んでいる」という用例が載っているが、これは「くすむ」の例というよりも「くすぶる」の「ぶ」音が「む」音に変化しただけではないのだろうか。

くすむ
1. 色が黒っぽい。冴えない色である。
2. 落ち着いている。目立たずにいる。
3. うずもれる。くすぶる。
4. きまじめである。まじめくさる。

くすぶる(燻る)
1. 火が消えたわけではなく、煙を出している
2. 煙のすすで黒く汚れる。すすける。くすぼる。
3. 家に引きこもって、世にうもれている状態で暮らす
4. 揉め事などが解決しないまま不安定な状態が続いている
5. 不平や不満を内に抱いたまま過ごす

結論

いきなり結論に進んでしまいますが・・・

結局、「くすむ」の4番の「まじめくさる」の意味で「くすんで」と言う場合は、やはりひらがなとするのが良いようである。これに限らず、とかく古い本では結構当て字も多い。

漢字のあて方は、日本では大変におおらかである。日本全国へ向けて出版しているわけでもないので、明治になって活字が主流の時代になっても、まだずっと出版側の好きなように表現されていたと思う。本当に自由な時代であったように思う。


追伸
「くすぶ」と古語にすると、「ふすぶ」という言葉もある。意味は大体同じようである。


追追伸
突然、薪火料理のことを思い出した。炭は、窯で蒸し焼きにして木の中の水分を飛ばしてしまうのだが、薪火というのは木を燃やして炎が止んで燠火となった頃、炭になり始めたところを使うのだそうだ。炭よりも熱量が低いので、低温で長く焼くのだそうだ。


追追追伸
肌のくすみでくすぶっていたりすると何も良いことはないので、紫外線に当たらないようにしながらも、明るい日の光のもとに出て、体を動かそう。これは誰にともなく言っている。いや自分にか。くすむな、くすめ。わけ分からん。


さらに追記させていただくと:

先々週の夏休みに家でDVDで黒澤明監督の「隠し砦の三悪人」を見たのだが、その中の村人の火祭りのシーンで驚いた。村人たちが薪をどんどんと火にくべながらこんな歌を歌うのである。

人の命は 火と燃やせ
虫の命は 火に捨てよ
思い思えば 闇の夜や
浮世は夢よ ただ狂え

もしかして、この「ただ狂え」というのはやはり閑吟集から来ているのか。黒澤明の創作であるとされている。

ちなみに閑吟集の方も前後を含めてもう一度記すと次のようになる。

世間はちろりに過ぐる ちろりちろり
何ともなやのう 何ともなやのう うき世は風波の一葉よ
何ともなやのう 何ともなやのう 人生七十古来稀なり
ただ何事もかごとも 夢幻や水の泡 笹の葉に置く露の間に あじきなき世や
夢幻や 南無三宝
くすむ人は見られぬ 夢の夢の夢の世を うつつ顔して
何せうぞ くすんで 一期は夢よ ただ狂へ

似ているようだが、閑吟集の「くすんで」が無いだけでだいぶ雰囲気が変わってくる。閑吟集では心の余裕がある。一方、黒澤の方は、真面目を笑う余裕はもはやなくて、現生をかなぐり捨てて厭世的になり全てを燃やしてしまおうとしているように思えてしまう。


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