超高齢化社会をどのように生きるか?

人の寿命は年々伸びている。これからもどんどんと長寿の時代になっていくことは間違いない。

人生100年時代という言葉は、リンダ・グラットン、アンドリュー・スコット著『ライフ・シフト』が昨今の流行の元である。

ただ「人生100年時代」という言葉が頻繁に使われるようになって、少しずつ意味が変わってきた。特に国や政府が濫用し始めるととどめなくズレていく。

そこで、2018年5月の時点でのまとめを記録して、後から振り返って思い起こせるようにしておきたい。

人口ピラミッド(もうピラミッドの形をしていない)

世界全体で死亡率は少しずつ下がっている。だから世界のどこでも寿命は延びていくはずである。

先進国では、寿命が10年で2、3年伸びている。『ライフ・シフト』では先進国で2007年に生まれた人の半数が100歳以上生きるだろうと推定している。

現代の50歳の人を想定すると、1968年に生まれた人は、まだ半分が100歳まで生きるわけではない。80歳台の寿命である。(寿命の伸び率は後ほどグラフで示す)

確かに今生きている人々の半数がみな100歳まで生きるわけではない。ただ、そう言ってしまうと、ちょっとネガティブなので、50歳であればこれから先50年元気に生きるつもりで考えるた方がよほど良いだろう。

2016年度のデータで日本の人口ピラミッドを示す。もうピラミッドではない。不安定で倒れそうな形になっている。

(2016年度厚生労働省の人口データから作成

かつては、若年層ほど多かったため、上が細くて下に行くほど横に広がっていたので「ピラミッド」という表現だったが、現代の日本や多くの先進国ではピラミッドの形ではない。

0歳は100万人に比して、67歳の人は219万人で2倍以上!

日本の人口構成で、一番人数が多いのは現在の68歳から70歳である。これが、昭和22年~24年生まれの第1次ベビーブームの世代である。(=西暦1947年〜1949年生まれ)

次が、43歳から46歳(昭和46年~49年生まれ)の第2次ベビーブームである。(=西暦1971年〜1974年生まれ)

71歳〜73歳は、第二次世界大戦の前後で子供が少なかったため、グラフでは大きく凹んでいる。それでも戦争終結から70年以上経って、71歳の人口が135万人である。

そして、戦後に生まれた67歳の人は219万人もいるのである。

一方で、0歳は100万人である。少子化ということがどんどんと進んでいることが実感できる。43歳の第二のピークから40年間ずっと減り続けているのだ。

日本では、82歳の人よりも0歳の人の方が少ないのである。(綾小路きみまろのネタにもあるけれど、80歳の人が一人育つには80年かかるのである)

そしてこの人口ピラミッドは、長寿によってもっと高くなっていく。そして少子化は継続するので、土台はさらに細くなっていく。

したがって、どんどんと細長くなって、上の方が少し太い形になっていくだろう。アカデミー賞のオスカー像のような形にも近いかもしれない。

長寿化も進んでいる

平均寿命も年毎の変動はあるものの、傾向としては右上りで1990年から2016年を比べると、26年間に女性で5.2歳、男性で5.0歳、平均寿命が上昇している。
(厚生労働省の調査では年齢ごとの死亡率も出ているので、そこから計算して人口動態を推測することができる)

このグラフからも10年で2歳くらいは長寿化していることが確認できる。

旧来の3つのライフステージ

子供から学生、働く世代、引退世代の三つに分けて考えることができた。私の父は1929年生まれで、生きていれば今89歳である。

ここで父の生活史をごく簡単に素描してみる。

尋常小学校の頃から軍国主義が強まっていって、戦争が始まり、中学に入ってしばらくして地方に疎開した。

戦後、1950年に大学を卒業した父は就職難の時代ではあったが、とある新しくてまだ小さかった貿易会社に入社した。それからは高度経済成長の波に乗って、生活はどんどんと会社も成長し、家計も潤っていった。

65歳に定年を迎えた。当時はまだ役職離任などという制度は普及していなかったので、退職するまで「偉い人」でいることができた。年金資金については、将来の不安についてはいろいろと取り沙汰されていたが、まだ対策は進んでいなかった。

そのようなわけで、退職したのちも十分な額の年金が支給されていた。家族で旅行に行ったり、そこそこ安定した老後というものがそこにはあった。

父が65歳の時は、私が29歳であったので、「父は気楽でいいなあ」とか「ボケないようにしてほしいなあ」とか漠然と思っていた。その後も、給与は下がっても肩書きは立派な、名誉職のようなポストに就くことができて本当に良かったと思っていた。

ところが、かつて明確だったこの3つのライフステージは、今ではもうかなり曖昧なものになってきた。

現代の企業の待遇

ところが現代の企業の給与は、年齢が上がるほど、どんどんと少なくなるようになってきている。これも20年くらい前から高齢化に対応して考えられた民間企業の人事制度である。

役所ではまだこういう仕組みはない。

そして、多くの大企業では55歳になると、課長や部長という役職が剥奪されて平社員となってしまう。定年ではないので会社にはいられるが、当然に給料も平社員同等となる。

55歳で給与がおおよそ30%減となり、それが退職まで続くことになる。減給10%で6か月と言っても相当な罰であるのに、それが給料30%減で、それが退職まで永久と宣告されることになるわけだ。

多くの善良な社員にとっては「一体俺が何をしたというのだ!?」という感覚である。

その後も企業によって、様々であるのだが、60歳までは平社員として雇用して、その後は契約社員として扱うとか、退職することを前提にしたり、もっとストレートに退職を斡旋するような企業もある。

60歳前後で無職になってしまう人が増えているようだ。

健康寿命とは

健康寿命という概念がある。心も体も自立して、健康的に生活できる期間のことである。

日本では、女性で平均寿命マイナス12年、男性では平均寿命マイナス9年くらいであるようだ。ということは、おおよそ女性で75歳、男性で72歳くらいまでがそれに当たる。あくまで平均だから個人差がある。

経済的な不安

多くの大企業で起こっているように60歳で荒海に放り出されてしまうと、年金は65歳からしか支給されず、しかも55歳時点で部長職で年収1200万円くらいであった人であると月々の年金の額では、それまでの生活費の1/3くらいしか賄えない。

55歳から60歳までは給料30%減で貯金を少しずつ減らしていって、60歳から65歳までは完全な持ち出しになる。家族4人で生活しているとすると、この5年間で2000万円くらいはかかってしまうかもしれない。

でも、そもそも、そんな貯金はなくて、多くの人はまだ住宅ローンを抱えている。

超高齢化時代に向けて(人生100年時代)

現代でもこれだけの苦労があるのであるから、寿命が延びて男性の健康寿命が72歳から借りに90歳になるとすると、18年の健康寿命が伸びることになる。

これだけの期間を貯蓄や年金で補うのはもう無理なのだ。国の年金制度も長寿が進むと崩壊してしまう。

先ほどの3つのライフステージは明確なものではなくなってきていて、「学生」「働く世代」「引退世代」が曖昧になり、引退世代が仕事を続けたり、大学に通ったりするのだと思う。今までの感覚で言えば、引退世代の時間が伸びるのだ。

それに加えて、引退世代が新たな目標を持って、勉強したり、そして働いたりすることもできると良いだろう。

乳幼児の保育ということだって、おじいさん・おばあさん世代が共同して運営すれば、知恵も経験もありとても良いと思うのだ。カリカリせずにこにこと見守っているようなイメージである。

社会の仕事の分担がこれから変わっていくだろうし、変わらなければならないのだろう。

国の責任

国は当然わかっているのだけれど、それをダイレクトに国民には説明していない。年金は年々額が減っていってそのうちなくなってしまいます、とは政治家も官僚もそこまで明確には説明をできる人はまだ現れていない。

その時に、国の責任を問うこともある意味必要ではあるのだけど。

それよりも重要なことは、自分自身の存在意義を確認できる場所を作っておきたい。何をするために生きてきたのか。それを無為にしないように、きちんと自覚しておきたいのだ。

大切なこと=生きる力

  • ちょっとした仕事ができて少額でもお金が入ると自信になる。
  • 趣味や愛好の仲間がいて一緒に活動できると心の励みになる。
  • お金に余裕があればボランティアができる。人の役に立つのはとても嬉しいことだ。
  • とりあえず近くの人と仲良くする。遠くの家族より近くの隣人である。家族も大切だ。

うまく言葉で説明はできないけれど、どのように生きてきて、これからどのような方向に進んで行くのか、どのようなことに楽しみを見出して、それを生き甲斐にしていけるのか。

私も何かしら自信を持てるようにしたいと思う。そして、これからも時間を使って、深くたくさん考えてみたいと思う。


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