カプースチン、ジャズピアノ、そして新しい音楽

カプースチンをご存知ですか? ぜひ聞いてみて欲しいと思います。

カプースチン、ロシアのジャズピアニスト・作曲家

ニコライ・カプースチンというロシアのジャズの作曲家がいる。自身がピアニストでもある。曲集は「8つの演奏会用エチュード 作品40」といったタイトルで、きちんと楽譜になっている。そのため、クラシックと間違われてしまうことが多い。

ロシアでは、社会主義の革命があったり、東西冷戦があったりして、江戸時代の日本の鎖国ではないけれど、西側諸国と離れた独自の進化を遂げている時代がある。時には、海外情報が著しく枯渇するような時期もあったようである。

民間レベルでも、ロシアとアメリカとの交流は、様々な中断があったようである。

日本にもその他の世界にもジャズという音楽は、平等に存在するわけだけれど、日本ではなぜだかアメリカのジャズが全ての王様みたいになっている。

これは国際感覚としては、ちょっと偏った感じである。日本では「えっ? ジャズってアメリカの音楽でしょ?」というのが普通だ。これは実は、かなり不自然な強いバイアスであるようだ。

このように思っているのはアメリカ人と日本人だけで、海外に行けばフランスではフランスのジャズが、ロシアではロシアのジャズがあるのだ。世界中に民謡があるように、世界中でクラシックを演奏しており、世界中でジャズを演奏している、と意識するのがフラットな感覚である。

ロシアのジャズ vs. アメリカのジャズ

ロシアでは、アメリカのジャズの音楽史の中の一部分がちょこっと抜け落ちている。フランスもジャズの深い歴史があり、アメリカとも交流はあったのだけれど、音楽としての方向性はかなり異なっている。

ロシアに限らずジャズというジャンルにおいて、即興ではなく全ての音符を楽譜に書くことは比較的普通のことである。アメリカにおいてもビッグバンドの時代までは当たり前だった。インプロビゼーションが一番盛んだった頃のアメリカの音楽は東西冷戦の影響でロシアにはあまり伝わってないのかもしれない。

確かに、アメリカのジャズ・ミュージシャンたちは普通のレベルではなかった。ジョン・コルトレーン、ビル・エバンス、マイルス・デイビスという巨人たちがいた。その当時の日本では、アメリカ以外の音楽はほとんど入ってこなかった。

ハードバップと言われる時代のアメリカのジャズでは、超絶技巧と強烈な個性をもつカリマス的プレイヤーの即興性が一番の売りであり、これらカリスマ・プレイヤーの演奏はコピーされ、楽譜になり、研究されたが、系統的に分析したり教えることもできなかった。

当の演奏家本人は、一切楽譜を書かない(あるいは、書けない)わけだし、楽譜というものと音楽を結びつけていなかったので、いわば感性至上主義になっている。このハードバップの時代には、天才的プレイヤーが大量に登場して活躍した。このアメリカの状況こそが実はものすごく特殊なのだとも言える。

日本ではクラシックと誤解されている

カプースチンは「8つの演奏会用エチュード 作品40」というタイトルを付けるので、誤ってクラシックだと思われてしまう。しかも、果てはジャズであるにもかかわらず、クラシック系のコンクールで課題曲になってしまったりする。普通に考えて、全くありえないことである。

日本では誤解ゆえに「ジャズとクラシックの融合」などと評してしまう。これではニュアンスとしてジャズ50%とクラシック50%という風に聞こえてしまう。もっとひどいのは「クラシックにジャズの要素を取り入れた」というのもある。

カプースチン自身が「ジャズとクラシックの融合」を目指していたかもしれない。でもカプースチンはジャズが本業である。それを言うなら「ジャズにクラシックの要素をちょっと注入」くらいがいいところである。ジャズ80%にクラシック20%くらい。

もう一度言うと、ジャズというのは全て楽譜に書かれているのが、世界的に普通のことであり、アメリカのハードバップ時代の「即興偏狂」なのがむしろ特殊であるということだ。

なぜそんな誤解をしてしまうのか。それはやはり、日本人では、ジャズといえばアメリカのジャズであり、それが非常に強く濃厚に刻み込まれ、刷り込まれているからだろう。

アメリカに占領されていた影響は大きいと言うべきなのか。即興のない、あるいは即興の表現されていないジャズは、普通のジャズではないと考えてしまうようだ。ジャズに関しては、日本人は全くもってアメリカに占領されたままなのである。

クラシック偏向の日本の音楽大学

日本の音楽大学の偏向というのも影響していると思う。アメリカのジュリアード音楽院では、クラシックだけではなく、ロックもジャズも教えている。ロシアの有数の音楽大学にももちろんジャズがあるわけだが、日本の有名な音楽大学にはジャズもロックもない。

フランスもジャズがとても盛んな国であるが、フランスのジャズも即興の要素は少ない。音楽は一般に作曲家やバンドリーダーが作る=書くものなのである。ジャック・ルシエはJ.S.バッハの曲を多数ジャズに編曲しているが、これは誰も誤解せずにジャズとして認められている。

(ジャズ科などを作らなかったメリットも強く感じるのだ。安易にジャズ科などがあると、どうしようもないアメリカのインチキジャズメンがやってきて、日本の音大の教授になったりして、食い物にされてしまう可能性があった。だから、対アメリカ文化防衛意識構造として、戦後の日本ではポピュラーミュージックの科目を作らなかったのではないかと筆者は考えている。)

日本ではアメリカジャズの影響が濃厚

ジャズの歴史の中で、演奏者が即興で弾くいわゆるインプロヴィゼーションを演奏の中核に構成するようになったのは、アメリカで独自に発展したものだと思われる。多くの黒人プレイヤーもそれに貢献した。黒人のプレイヤーが主役となって活躍することが可能になった時代でもあった。日本ではアメリカ以外のジャズがほとんど普及しなかった。それ以外をやりようがなかったのだ。

カプースチンは、当然のことながらアメリカのジャズではない。ロシアにおいては、カプースチンはジャズを勉強した超絶技巧のジャズ・ピアニストそして作曲家とされている。ジャズをクラシックと融合させたというニュアンスは特に無い。彼はアメリカのジャズを研究して、彼自身のジャズを作り上げた。

カプースチンの音楽は新しいジャズ

カプースチンの作品に「24の前奏曲とフーガ」という曲集がある。バッハのスタイルを模していることは明らかである。フーガというバッハの得意とした作曲技法を使いながらも、輪郭の明確な小気味好く美しいジャズ曲集に仕上がっているのは素晴らしい。というか不思議ですらある。

こうしたことだけで、カプースチンの音楽を安易に「ジャズとクラシックとの融合」というのは正しくない。バックにオーケストラを入れても、楽譜を書いても、それだけでクラシックとの融合となるわけではない。

カプースチンが、彼自身の新しいジャズを作り出したと言うのが一番正確な表現となるだろう。曲想、ピアノ奏法を聞けば、カプースチンの曲は、100%ジャズである。それをジャズを聞いたこともないクラシックの教師が片手間に教えようとしても、無理がある。

カプースチンの音楽の広がり

楽譜があるから、カプースチンをきちんと弾けない教師が、生徒に教えることになる。いや、教えるのではない、ただ弾かせるのだ。でもそれでは教えていることにはならない。音楽は教師が弾いてみせて、生徒が覚えるものである。

クラシック音楽の人たちがカプースチンを認めるのはとても良いことだ。これをきっかけにして、クラシック音楽界の人たちがジャズにもっと耳を傾けるようになれば良いと思う。カプースチンの曲はまだ初演されていないもの、CD化されていないものがたくさんある。

カプースチンと比べられてしまうと、プロのピアニストでもかなりきついだろうけれど、日本にカプースチンを紹介した功績のある川上昌裕氏の録音がある。そして川上氏の弟子でもあった辻井伸行氏は、テレビ番組で演奏した動画がネットで公開されている。とても素敵な演奏で、もう完璧と言っても良い。

多くのクラシック系のピアニストが、カプースチンの音楽をたくさん弾くようになると、その時こそ、本当にクラシックとの融合になるだろう。

 

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