ティータイム、もしくはイギリス的午後

これは午後のティータイムである。

日本にいる時の、わたくし的にはこれはティータイムである。ただし、イギリスにおいてはティータイムというのは、お昼ご飯の後で、夕食の前ではあるけれど、結構しっかり食べるのである。こんなライトな感じではない。

アガサ・クリスティなどを読んでいると、主要な登場人物は10時過ぎに起きてくる。それより早いと「主人は早起きだ」と書かれており、家の使用人からも嫌がられる。10時過ぎに遅い朝ごはんを食べると、主人の次の重要な仕事は散歩である。

イギリス人にとって、朝や夕方の散歩はことのほか重要である。家に残った家事を請け負った人々(夫婦ものが多い)にしても、掃除などがやりやすくなるので、主人の散歩による外出は使用人から大変喜ばれる。

イギリスという国は、つくづく使用人を大事にする国である。家の主人と使用人とは階級が異なるので下手な軋轢を生まないようにすることが上流社会では長い間の知恵として育まれたのかもしれない。

さて、10時過ぎに朝ごはんを食べた後にしっかりと散歩をしている場合は良いのであるが、天候の具合や来客などがあったりいつも散歩できるというわけではない。すると昼になっても、「ああ腹ペコだ」という感じにはならないこともある。

お腹が空いていないと、昼ごはんの全部を食べられなくて、食べ残すようなことがあると、そのことで使用人に反感を持たれたりしないように十分に気を使う必要がある。

また、ちょうど昼の時間に外出していて、昼ごはんを食べ損ねてしまうようなこともある。そういう時は、4時のお茶の時間まで辛抱することになり、結構しんどいことになる。

家の主人は使用人に「昼ごはんを用意してくれ」と頼まなければならないのであるが、不規則な時間であるとどこかにしわ寄せが来て、しわ寄せが来た時の食事で食べ切れなくて残すようなことになってはいけない。それならばティータイムまで我慢しようと考えるのも至極当然の成り行きかと思う。

ティータイムは、私の感覚では4時から4時半がピークであるように思う。実態調査ではなく、主に20世紀のイギリスの小説やエッセイに描かれた時間感覚である。

スコーンなども有名であるが、サンドイッチなどに限らずいろいろなものをたくさん食べるのである。ヴァリエーションは意外と多く、余ったパテとかジャムとかが放出されるのもこのタイミングである。前夜の夕食以降の食材が蕩尽されるのは、このティータイムにおいて、である。

そもそも、イギリス料理というものには、2種類の味付けがある。甘いものと甘くないものである。分類はこの2種類であるので、甘くないものには、辛いものと辛くないものという区別がない。いや、現実には存在するのだけれど、甘くないものには、辛すぎるものと、薄すぎるものとがある。ちょうど良い加減の時があれば、それはまことにラッキーであると言える。

この味についてはセンスの問題ではなくて、味を細かに言うことが礼儀にかなっていないとされたから、誰も厳しく言わなかったために、無頓着になってしまったのである。歴史的に見て、こうした味についての良し悪しを言葉として表出することは紳士ではないという意識があった。味について何も言わないまま何世紀かが過ぎ、もはや取り返しのつかないことになってしまったのだ。

イギリスの外食率は低い。上流階級が家に料理人を雇っていることが影響しているという話を聞いたこともある。家の料理人も使用人である。主人がひとたび料理の味について文句を言うと「そんな細かいことを言うとはなんと文句の多い主人だ」と言われてしまう可能性があり、地方では特にこのような話は一瞬にして広まってしまう。塩を入れ忘れた料理や塩を倍入れてしまった料理などが出されても、顔色を変えず黙って食べるのがupper classのたしなみであるらしい。

イギリスでは使用人より確実に力を持っている家の主人が、料理に関しては遠慮している、という国柄によって、料理文化の発展において稀有の事例がここにあるように思われる。

街のレストランには良いお客さんが付かないために発展しないというのも悲しいことであるが、その反面で上流の屋敷内では全く別のことが進んできた。

頻繁に客を招いて、お客様がお気に召したということを主人が料理人に伝えるのであるから、お気に召さなかった時は何故なのか知りたくなるものである。何故良くなかったのか知りたいというのは、これはまさに改善の母であって、つまるところ、イギリスではお客が多い屋敷は、味が向上する可能性が高い。そして、美味しいと評判になる屋敷には、また高貴な人が集まって来るのである。

それに応えられる味の分かる料理人がそこに居ること、あるいは紹介されて来るのである。上流のお屋敷には、容易に誰でもが訪れることはできないが、そこにイギリスの料理の味があり、貴族や上流の人々のレストランのように成長してきたようである。

そこには私も全く接することができないのである。

 


何となくクリスタル風: (ただし注ではない)

  1. スコーンとかが有名であるが、これにはジャムやクロテッドクリームをたっぷりと塗って食べるわけである。メープルシロップやはちみつなども好まれるようだ。ベタベタしていて甘いものが殊の外好まれるようである。日本人から見て食後のデザート系のものも食事であるようなこともしばしばある。
  2. ティータイムはトースト、サンドイッチ、卵、ハム、チーズ、チキンなど何でもありなので、かなりがっつり食べる感じである。
  3. ティータイムや朝のお茶のポットは、基本的には二つ出されて、一つはお湯に茶葉が入ったポット、もう一つはお湯だけのポットである。しばらくポットを置いておくと、お茶が渋くなってくるので、そうすると頃合いを見てお湯のポットからお茶のポットにお湯を足して薄めるのだ。
  4. 中学生や高校生は学校から帰ってくると、昼はしっかり食べているはずなのに、お腹を空かせている。4時頃にこうした学生たちが肉まんやアンパンなどをがつがつと食べる感じをティータイムと想定して頂ければかなり近いであろう。
  5. モーリス・ルブランのルパンが主人公の小説「緑の目の令嬢」がある。1927年発表。冒頭、ルパンが街中で見かけた緑の目の若い女がとても綺麗だったので、後をつけていく。カフェに入って、その人がトーストを頼む。何枚か出てくる。それをバターをたっぷりつけて全部食べてしまうとまたおかわりを頼んで食べるのだ。ルパンはそれを見て、ますます恋心を募らせるのである。何と素敵なことだろう。オーレリーというヒロインはつれないのだけれど、彼女の目は緑色をしている。これは特別なことだ。作中には緑色の目が少ないとは一言も書かれていないが、緑色の目という表現は欧米でも少なくて、ブルー、ブラウン、ブラックの3Bが基本だ。トーストについても、緑の目についても、ルパンについても、当時の翻訳についても、もうたくさん書きたいことがあるので、別途項目を立てたい。
  6. トーストと言えば、シャーロック・ホームズのあるエピソードを外すことができない。例のベーカー街の部屋の1階にはハドソン夫人がいて、パンをいかに薄く切れるかということを自慢しているシーンがある。これについても別途詳細を書きたい。一言で言えば、トーストはジャムや各種クリームや卵ペーストや煮た豆など、どろどろとしたものを載せる台であって主役ではないので薄ければ薄いほどたくさんのおかずを食べられるということである。
  7. 塩加減というのも肉の焼き方と同じく、重要な料理の構成要素であるということを、料理人も忘れてしまっている事例がイギリスでは数多く見出される。でも、それで良いのである。基本的には同じメニューを毎日のように食べ続けるのであるから、塩辛かったり味が薄かったりというのは、退屈をしのぐちょっとした変化であって、逆にささやかな味付けとも言えよう。
  8. 17世紀から18世紀の頃、フランスやイタリアでは使用人に対する権利が著しくおとしめられていた時期があったことは歴史的事実である。極端な言い方をすると、奴隷に近い扱いもされていた。領主の持つ初夜権などはその例である。イギリスはフランスに占領支配されていた時期に、そのような悲惨を被ったので、「人道」への道をフランスより先に踏み出すことができた、と言っては言い過ぎだろうか。
  9. 以前にもどこかで書いたけれど、farmerは農場経営者である。農夫ではない。officeにはofficerがいるが、もちろんオフィス労働従事者ではなく、役員のことである。英語のmiddle-classというのは日本で言う中間層のことではなく、貴族と労働者の間にある「貴族ではない富裕層」のことである。トウモロコシや麦のfieldにfielderがいるかというとやはりそこには一人もいなくて、fielderというのはクリケットの野手である。
  10. 別にイギリスが特殊なのではなく、ヨーロッパ全域に関して似たような傾向がある。ドイツの食事とイギリスの食事とどちらがまずいかを競ったレースをすれば、どちらも同点で勝ちとなるのではないか。「判定限界」と注を付けるとイギリス人は笑うがドイツ人は怒るだろう。
  11. こうなってくると本家「何となくクリスタル」に出てくる「恵比寿から六本木周辺に出没する某有名大学の大学生」みたいなもの。つまりは演劇的空間における虚構とリアリズムの問題だということだ。真実は、真実かどうかではなく、真実らしいかどうかで判定されるのが世の常だということでもある。最終的にどちらが真実なのか。

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