カレーという素敵な食べ物のこと

カレーの食べ方

私はカレーを食べる時にスプーンを使わない。いつもフォークである。スプーンを使うのは、スープのような液体の時とアイスクリームなどのデザート類の時である。これはイギリスのスタイルである。

御飯を食べる時にスプーンを使うのは、子供や病人だと思っている。これは偏見だろうか。というか、実はこれはとてもイギリス的な感覚である。

韓国人は「とても残念なことは、日本人に箸は伝えたけれど、スプーンを伝えなかったことだ」と言う。そうかもしれない。韓国では、スープはもちろん御飯もスプーンで食べたりする。

日本では、お椀をそのまま口の近くへ持っていって食するわけだが、これが韓国人から見るとちょっと「かわいそう」に見えるらしい。今風に言うと「ちょっと残念な感じ」だ。ちょっと説得力がある話である。

韓国ではご飯の椀を持ち上げない。食器を持ち上げるのが無作法であるとするテーブルマナーの世界では、韓国は日本よりもヨーロッパに近い。同じ大陸つづきだからか。

とにかく、器(茶碗)を持って食べる日本のスタイルは、世界的には少数派の部類のようである。

カレーの成り立ち

カレーのオリジナルは、もちろんインド料理であるが、「とろみ」をつけることを始めたのはイギリス料理となってからである。したがって、さらさらで、あるいはそれが煮詰まって固形になったり、また塩味が濃いのがインド風である。

現代のインド料理店は、イギリスとの文化接触を遂げた後のレストランなので、そのような原始の状態のインド料理店というのはほとんどなくて、本国インドでも減っているようにも聞く。

家のカレーは、もはやイギリス料理としてのカレーに近いもので、イギリスではインド料理と言われるので、日本ではそのままインド料理となった。

イギリス料理では、インドにはない小麦粉とカレー粉を炒める工程がある。そして、この美食のための工程は、昨今の日本においてはほぼ失われてしまったようである。大変に心が痛むことだ。

日本のカレーは、全く日本独自のものである。それは「カレールー」が日本の食品工業と一体となって普及したからである。工業製品の最終工程が家庭で実施され、製品が完成する。

この家庭にもたらされる工業製品は、板チョコ状だったりペースト状だったりする、添加物を含んで焦げ茶色に化学着色され、化学調味料で味付けされたものである。完全な日本食である。

市販の「カレールー」は使用しないで済めば使わない方が良い。素材の野菜や肉の味を損なってしまうし、何よりも不自然な苦味がある。

家のカレーではそういう不自然なことは一切起こらなくて、甘みは玉ねぎで、香味はスパイスだけで作るチキンのシチューである。玉ねぎはとろけていて、人参とジャガイモも少し入っているわけであるが、主役であるチキンを押しのけるような非礼をすることはない。

とても美味しくて、本当にありがたいことである。

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