ベートーヴェンのピアノソナタ29番ハンマークラヴィーアを楽しむ

ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven)のピアノソナタ29番ハンマークラヴィーアは、大変に素晴らしい曲である。ところが、いざ弾こうとすると、演奏は極めて難しい。

(この記事では、当時の1790年代から1800年代初頭の、現代のものとは異なるピアノについてもピアノと書いている。当時の言い方ではピアノフォルテ、現代ではフォルテピアノとも言うもので、鋳鉄のフレームがまだほとんどなかった時代のピアノのことを指している。)

ベートーヴェンのピアノソナタ29番ハンマークラヴィーア

音が激しく飛ぶところがあるのと、片手で9度、10度の音程を取らないといけないところも多い。

これは細幅鍵盤の話とも関係するのだけれども、ネットでこんな写真があった。

これをぱっと見ただけで、もう間違いなくベートーヴェンのピアノソナタ29番ハンマークラヴィーアの1楽章だということが分かる。この写真を見て、それほど大きな手には見えないだろうけれども、それは錯覚である。

手の大きさの違い

この音程は9度だけれどもb音が親指、次にd音が人差し指で決まってしまうので、人差し指と小指で7度を弾かなくてはいけない。小指の弾くべき音はc音である。

私がやるとこうなる。

小指はc音までは届かずに、h音までが限度である。cの鍵盤の上までは届くけれども、左隣のh音を鳴らさずにcの鍵盤を押すことはできない。

無理をしてギリギリ届かないこともないのだけれども、そうすると手のひらが開き切ってしまう。すると、鍵盤を下に押す力がかかるために、手のひらと指にものすごい負担がかかり、大変に危険である。指を無理に開くことで、ピアノを弾く事ができなくなるほどのダメージを受けてしまう人も多い。絶対にやってはいけない。

上の写真では、親指から薬指の付け根まででbからbのオクターブの距離がある。それに対して、私の写真では、親指のbから薬指の付け根はgまでで6度しかない。オクターブでは165mm、この6度音程では125mmであるので、私の手の大きさは、上の写真に比べるとおよそ75%だということだ。

ベートーヴェンの手の大きさ

ベートーヴェンの身長は165cm前後と言われている。モーツァルトもそれとほぼ近い身長であった。ベートーヴェンとモーツァルトは当時のウィーンでも小柄であったのだ。そして、この時代の鍵盤は今よりもずっと細かったのである。

一方、バッハは180cmと背が高かったので、手も大きかっただろう。でもバッハの時代のチェンバロの鍵盤の幅は、その後のモーツァルトの時代より太かった。バロック時代に10度の音程を書く作曲家は、バッハの前後にはあまりいなかった。

その小柄なベートーヴェンがピアノを弾いて作曲するのである。もちろん、現代よりもずっと鍵盤が小さかったのであるが、それについては細幅鍵盤の記事に書いた。

ベートーヴェンのピアノ

ベートーヴェンが初期の頃には、シュタインのピアノを使っていたらしい。1792年にウィーンに引っ越してからはヴァルターのピアノフォルテを愛用したという。ヴァルターはモーツァルトも使っていた。

シュタインのピアノの音域は、1Fからf3の5オクターヴで61鍵ある。まさしくモーツァルトのピアノと同じ音域である。時期も近い。ウィーン式ともいう。アクションは跳ね上げ式である。

悲愴、月光、田園、テンペストくらいまではウィーン式のピアノを想定して作曲された。fからfの5オクターヴでこれだけ弾けるのであるから、申し分ないようにも思われる。

1803年には、フランスのエラールからピアノが贈れられる。エラールはウィーン式とは異なり、イギリス式の突き上げ式である。シュタイン、ヴァルターは、鍵盤の沈み方が短くて、タッチも軽い。一方、エラールは、大きな音が出る。

音域は1Fからc4までの68鍵で、高音域がシュタインと比べると最高音がfからその上のcまで拡大されている。ダイナミックスも拡大した。その頃には、ヴァルトシュタイン、熱情、などが作曲された。

次には、1809年に、シュトライヒャーのピアノを使うようになる。シュタインの娘のナネッテ・シュトライヒャーが製作しているものだ。シュトライヒャーのピアノに刺激を受けて、ピアノ協奏曲5番皇帝が作曲された。

ベートーヴェン が注文を出して、ナネッテ・シュトライヒャーが改良する。ベートーヴェンとの共同開発とも言われる楽器である。fからfの6オクターヴ、73鍵である。

ハンマークラヴィーアの作曲

ベートーヴェンは、1817年11月にピアノソナタ29番を書き始めた。1819年3月には浄書まで完成して、1819年9月に出版されてルドルフ大公に献呈された。

ベートーヴェンは、ピアノソナタ28番(作品番号101)以降は、「ピアノフォルテのための」と言う表現ではなく、ドイツ語で”Große Sonate für das Hammerklavier”(ハンマークラヴィーアのための大ソナタ)と表記するよう指定した。

そういう意味では、28番もピアノソナタハンマークラヴィーアなのだけれども、なぜか29番(作品番号106)が特別に「ハンマークラヴィーア」という名前になった。

この作曲の途中で、1817年12月にベートーヴェンは47歳の誕生日にブロードウッドからピアノを贈られている。当時最新式のイギリスのピアノメーカーである。音域は、cからcの73鍵で、彼が持っていたシュトライヒャーよりも4度低い低音が出せるようになった。

シュトライヒャーはブロードウッドよりも最高音が高く、ブロードウッドはシュトライヒャーよりも最低音が低い、ということになる。

1、2、3楽章をシュトライヒャー、3、4楽章をブロードウッドで作曲したとも言われる。

当時は弾けなかったハンマークラヴィーアという曲

最低音と最高音が音域の異なる二つの楽器に分かれているため、実は1台で弾けなかった。しかも、音は飛ぶし、音程は広いし、複雑で難解である。

50年経ったら弾けるようになるだろうとベートーヴェンが言った。ピアノという楽器が改良されて、音域が広がり弾けるようになるという意味もあれば、演奏技術としての難易度もあったと思われる。

当時は、ベートーヴェン以外には弾ける人がいなかったという。ベートーヴェンは2台を前にして、弾き分けたのだろうか。弟子のツェルニーも弾けたという。やはり2台で弾いたのか。

フランツ・リストが演奏会で披露するのは20年後である。

我が家の楽しみ

さて、我が家では、一人では弾けなくても、上段と下段に別れて連弾すると、かなり弾けるもので、目の前で生のピアノから「ハンマークラヴィーア」が鳴り響くわけで、これはとても楽しい。ところどころに現れる不協和音程の緊張感も演奏しながら楽しめる。そういう楽しみ方もある。

今は、2019年9月なので、ちょうど200年前にこのハンマークラヴィーアが出版されたということになる。本当に感慨深い。

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