ビリー・ジョエルの歌「夏、ハイランドフォールズにて」”Billy Joel – Summer, Highland Falls”

ビリー・ジョエルの古い歌で、”Summer, Highland Falls”という曲がある。1973年頃である。

ビリー・ジョエル

ビリー・ジョエルは、僕が高校に入った頃に、アルバム「グラス・ハウス」が出て、とても印象に残った。1980年頃である。その当時はラジオで曲を聴いていて、それは一過性のものなので何度も聞きたいと思えばレコードを買う、という時代だったのだ。

その当時は、レコードは3000円以上したので、大人にとってもそうであるが、高校生にとってはそれは貴重なものであったわけであるが、高校生くらいに若いとそういうことはあまり気にならなくて、たまたまお金を持っていると気が向いて衝動的にレコードを買ったりもするし、また何度か聴いた後になると人に貸したりしてそれがたまたま返ってくると、帰りがけに出会った友人に気軽に貸したりもするのである。

それも積極的に貸すのである。「これ聞きたいだろ、貸してやるよ」という感じである。というのも、レコードはそこそこ大切ではあったものの、ちょっと荷物で、薄くて正方形で一片が31cmあって、力を入れたり重たい本と一緒に詰め込んだりすると傷がつくので鞄(カバン)には詰められない。

そんな事情も分かるから、ちょっと聞きたいなと思えば、じゃあ貸してね、ということになり、借りて帰ることになる。そんな感じで太田くんから借りたのがグラス・ハウスだったのだ。

「夏、ハイランドフォールズにて」

グラス・ハウスの前には、「ニューヨーク52番街(52nd Street)」、「ストレンジャー(The Stranger)」、「ニューヨーク物語(Turnstiles)」、「ストリートライフ・セレナーデ(Streetlife Serenade)」、「ピアノ・マン(Piano Man)」などがあった。

その中で、「ニューヨーク物語(Turnstiles)」の中に、『Summer、Highland Falls(夏、ハイランドフォールズにて)』という曲があり、これが大変に今、気持ちが動くのである。

「夏、ハイランドフォールズにて」というタイトルは具体的で季節と場所を指定しているが、歌詞は抽象的で、夏でなくても良く、ハイランドフォールズ出なくても良い。むしろ、世界のどこにでも起こり得ることである。

こんな歌詞である。komoriss訳である。原文はネットで簡単に検索できるので、ここには掲載しないけれど各自で検索してほしい。

今はどこにも行けないのですが、ぜひハイランドフォールズに行ってみたくなりますね。


Billy Joel “Summer, Highland Falls”
『夏、ハイランドフォールズにて』

They say that these are not the best of times
But they’re the only times I’ve ever known

この頃ずっと、良い時代じゃないって言われているけど
でも僕が知っているのはこんな時代だけだ

And I believe there is a time for meditation
In cathedrals of our own

そして、僕は思うけれど、自分の心の中の聖堂で
じっと瞑想するべき時もある

 

Now I have seen that sad surrender in my lover’s eyes
And I can only stand apart and sympathize

恋人の目が悲しみに覆われてしまうのを、今、目の前にして、
それでも僕は、ただ離れていて共感しようとするだけだ

For we are always what our situations hand us
It’s either sadness or euphoria

僕らはいつも周囲の状況に支配されている
それは悲しみなのか、幸福なのか、どちらかなんだ

 

So we’ll argue and we compromise
And realize that nothing’s ever changed

そんな風にして、僕たちは言い争ったり、妥協したりする
けれども、何も変わらなかったことを悟る

For all our mutual experience
Our separate conclusions are the same

僕らが皆共通の経験をしても、
別々の結論に至るのは、いつも同じだ

Now we are forced to recognize our inhumanity
Our reason coexists with our insanity

今まさに、僕たちは自分たちの残酷さに気付かされる
僕たちの正気は、僕たちの狂気と一体になっている

But we choose between reality and madness
It’s either sadness or euphoria

でも、僕らは現実と馬鹿げたことの間から選び出すと
それは悲しみなのか、幸福なのか、どちらかなんだ

 

How thoughtlessly we dissipate our energies
Perhaps we don’t fulfill each other’s fantasies

何と愚かにエネルギーをすり減らすのか
お互いの夢を満たすことなんてできないだろうな

And as we stand upon the ledges of our lives
With our respective similarities
It’s either sadness or euphoria

人生の崖っぷちに立っているのだとして
僕ら一人一人の共通項を持ってしても
それは悲しみなのか、幸福なのか、どちらかなんだ

 

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