ニューヨーク・スタインウェイは素晴らしいピアノだ!

ニューヨーク・スタインウェイの美しさは、まず第一にホロヴィッツの録音で聞くことができる。とろけるような美しさがあって、優しくてでも芯があって響き渡る。

そして、グレン・グールドの録音でも当時のニューヨーク・スタインウェイの美音を聞くことができる。バッハの旋律が単音でもあれだけ美しいのは、ニューヨーク・スタインウェイだからである。

にもかかわらず、多くの人に誤解があるようだ。ドイツ・ハンブルクのスタインウェイが決して元祖というわけではないのだ。スタインウェイはそもそもの最初からアメリカが開祖なのだ。

まず第一に、創業者のハインリッヒ・エンゲルハルト・シュタインヴェークは、最初はドイツでピアノ作りを始めたが、長男をドイツに残してアメリカに移住して、アメリカでピアノ製造をした。移住したのは1850年のことである。最初に作ったピアノは1820年というから移住までには30年間あった。

アメリカに移住してからやっと評判を得ることができ、そして、ヘンリー・E・スタインウェイとアメリカ風に名乗った。その後、長男をニューヨークに呼び寄せて、アメリカを本拠地としてピアノ製造を行ったのである。

19世紀のピアノメーカーはアメリカが最先端であって、新しいメカニズムと音量の拡充、音色の拡大はアメリカでなされたと言って良い。当時のアメリカはピアノの先進国であった。当時世界一ピアノが製造され流通していたのは、アメリカであった。

日本では、バッハ、ベートーヴェン、ブラームスをドイツの3Bと言うように、ドイツとの同盟時代以前から大変にドイツ音楽に影響されてきており、ドイツ音楽への偏重の度合いは大変に高い。日本人は、ドイツ音楽偏重のバイアスを持って、音楽の世界を色眼鏡で見てしまうために、事実を正しく認識できていないことが多々あるのである。

スタインウェイはアメリカでブランドを確立して、ドイツにカムバックするのはそのずっと後のことなのである。

第二次世界大戦の時には、ドイツのハンブルクの工場は戦災で完全に停止を余儀なくされ、その後しばらく復旧できなかった。ドイツ・ナチスとともに砲撃され駆逐されたのである。ナチスに協力的であったかどうかは不明だが、協力者としての扱いをされた。

ドイツのスタインウェイの音は、クラシックの音として、ドイツ人の誇りとともに普及させたわけであるが、実は第二次世界大戦後の新しい音と言っても良いと思う。元はシュタインヴェークであったが、今ではドイツでもスタインウェイとなっている。ドイツ語ではなくて、英語なのである。それは本拠地がアメリカだからである。

この当たり前のことにも多くの人は気付かない。世界の三大ピアノのベーゼンドルファーはオーストリアのピアノであるが、名称はドイツ語でBösendorferだ。ウムラウトが付いている。そして、ベヒシュタインは、ドイツのピアノで、C. Bechstein である。ベチステインやベクステインではなくこちらもちゃんとドイツ語読みでカール・ベヒシュタインである。

もう一つの三大ピアノは、これこそが一番のトップにあたる、アメリカのメーカーのスタインウェイである。スタインウェイをドイツのメーカーと思っているのは、日本人ばかりである。欧米ではアメリカのメーカーとするのが常識である。

第二次世界大戦の時には、連合国はスタインウェイのドイツ・ハンブルクの工場も、全部燃やした。連合国は、日本の京都の寺を温存したが、ドイツのスタインウェイは燃やしたのである。それはスタインウェイの本家がアメリカにありドイツの工場はそのコピーだったからだ。

ドイツのスタインウェイはレンナー製のハンマーが良くて、アメリカ製はハンマーが悪くて、などというのも何だか全くのデマであるように思われる。アメリカのスタインウェイが悪いと思ったことはない。

 

ニューヨークのスタインウェイは鍵盤の横のサイドの角が丸くなっていなくて、角になっている。ハンブルク製はヤマハみたいに丸くなっている。

これはとても素敵なピアノ演奏です!

 

ただ、残念なことに、現代のスタインウェイは設計変更とかコストカットなどがあったためか、少し金属音になり、その反面、いつでも明るくきらびやかな音が出る。音色の変化はぐっと減ってしまって、柔らかな音は鳴らない。もう綺麗なピアニッシモは出ないのかもしれない。そう思うと大変に心が傷む。

 

 

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