ロズウェルの英語を聞いて思ったこと・・・

ロズウェルというのは、アメリカの地名でニューメキシコ州ロズウェルのことである。そして、ロズウェルにあるロズウェル高校を舞台としたSF小説がメリンダ・メッツによって書かれた。それがアメリカでドラマ化され、1999年から2002年にかけて放映された。

メリンダ・メッツのストーリーはかなり単調なジュブナイル(子供向けのストーリー)であったが、テレビドラマでは原作にない要素が追加され、ストーリーも大幅に拡張された。第3シーズンまで継続し、全61話となった。

僕はDVDを3セット(3シーズン)を2013年に買った。各シーズンでDVDが11枚くらいあり、3シーズン合わせると33枚くらいになる。

テレビで放映したタイミングでは見ているのであるが、その後DVDを買ったからと言って見直してなくて、シーズン2以降は未開封であった。

久しぶりに先週見てみた。音声を英語で、日本語字幕で見た。

そこで本論に入る前にまず英語で気づいたことをちょっと書く。

第2シーズンではいくつか気になった言葉があった。

 

”cemented”

基本は、接着する、くっつけるという意味であるが、「絆を持つ」とか(愛を持って)「つながる」という使われ方をしていた。マックスが未来から来て、「僕と君がcementedしてしまう。それを避ける必要がある。」と言った時に、リズがちょっと戸惑うのだ。

未来と現在、時空の異なる二人が同時に対面して、言葉のニュアンスがストレートに伝わらない風が、時間の(あるいは距離の)隔たりを感じさせる。マックスのシャイな感じが出て、良い演出だったと思う。言葉は別に珍しくはないけれど、cementedというちょっと曖昧な言葉が選ばれたのだなと思う。

 

”pass away”

これは普通の言葉なのだけれど、きちんと学校で習った覚えがない。「亡くなる」という意味である。dieとは言わない。日本語でも一般的に近い人に対して「死にました」という言葉を使うのは露骨すぎるし、無作法でもある。

そこで007を思い出した。

“007 Die Another Day” 別の日に死ぬということは「今日は死にましぇーん」という意味であろう。これは2002年の比較的新しい映画だ。

もっと昔、邦題で「007は二度死ぬ」(1967年)の原題は、”You Only Live Twice”である。は? 二度死んではいないのだな。「二度生きる」というタイトルなのである。Onlyはどこにかかるのかというとやはりyouにかかっていて、「007よ、お前だけは二度生きる」という意味であり、それが日本語のタイトルにする時には省略されて、「007は二度死ぬ」となったようである。

単純なことであるが、「007は二度生きる」「007は二度死ぬ」とではどちらが生きるか死ぬかの過酷な諜報活動に従事するスパイのコピーに適しているであろうか。

「二度生きる」というと一度目は仮にもサスペンス溢れるスパイ活動であったにしても、二度目は長野の田舎でりんご農園を営んでいるような連想をしてしまうのだ。いずれにしても辛い経験を乗り越えて達成したかのような、プラスのイメージである。

「二度死ぬ」であれば、一回目は都心の有名企業で過労死ギリギリのところで何とか命を取りとめて、転職したけれどもそこも救いがなくて・・・というようなマイナスの世界が思い起こされる。二度死ぬのは相当すごいことだという感じがする。

誰しも二度死ぬのは辛いなあと思うのだ。二度生きるのはOKと感じる。同じことなんだけど。

 

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