グーしか出さない女

じゃんけんで、グーしか出さない女がいるらしい。と思ったが、実際には男であってもよくて、男だってこういう人はたくさんいるはずである。
(今回は、じゃんけんの必勝法の話ではありません)

 

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「グーしか出さない女」というお題で、想像を膨らませてみることにしよう。一般には、グーを出す人は、意志が強いとか、力強いとか、そういった言い伝えがあるがどれもあまり強い根拠はない。

志村けんが「最初はグー」と言い始める前は、「じゃんけんぽん」ですぐに第一回目の戦いがあった。これも若い人の中には知らない人がいるようだ。

それ以前のずっと昔から、手の形、構造からして、一番最初にグーを出す比率が一番多かったのである。(なので最初にパーを出すという戦略があった)

「最初はグー」が始まった以降は、その次に続けてグーを出す人は少し減ったように思うが、これはまあ良い。じゃんけん必勝法のページは今度書くことにしようかな。

いずれにせよ、人間の手の生物としての運動機能上、グーの次に出しやすいのはパーで、チョキが一番難しい手ということになる。気持ちに迷いがあって時間が迫ってきてギリギリに手をだすような時は、複雑な手を出せない。そういう時、切羽詰まった時には、満身の力を込めて、グーを握ることになる。

グーはまっすぐな力、パーは開いた心、チョキは複雑な計算、というパターニングをするのは心理学者ならずとも誰でもが自然に思いつくことである。間違ってはいない。

 

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「いつもグーを出す」ということには、メタファーとしての広がりが大きい。それは、いつも直球勝負というような意味にも取れ、押しが強い人を連想する。

「グーしか出さない女」が近くにいたとする。周りの人々は、どう反応するかというと、いつも遠慮してチョキを出している人が周りを取り巻き、時々、そういう空気を読むことなく、グーであいことか、パーで勝ったりする人が現れるのである。

「グーしか出さない女」は、周囲の人の大多数がいつも自分に対して負けているという事実に直面するはずである。当然、賢い人であれば、周囲の人が遠慮していたり、今風に言うところの「忖度」などによって、わざと負けているということに気づくはずである。

ところが、「グーしか出さない」ことが成功体験として染み付いている人には、社会性がなかったり、空気を読む力に欠けているケースも多く、自分が優れているのか他者が劣っているのか判別できないままに大きな誤解をしてしまうことにもなる。

結構、強引なことをしているのに、狭い環境の中で周りがいつもチョキを出し続けているために、社会的な感覚が破壊され不自然に歪んでしまうようなことも起こりうる。

 

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「グーしか出さない」人というのは押しが強くて、時として横暴なことであっても、それを周囲が黙認し受け入れてきた結果、本人にとっては成功体験として定着してしまっていることもある。

と言うと、もうおおよそ想像がつくと思うのだけれど、選挙とかで戦う人々、一代で大きな成功を築いた人、でかい勝負事に望む人、極めて大きな権力や莫大な資本を親から受け継いだ人、このような人々が多いようである。

もちろん全く何の根拠もなく、「グーしか出さない」人もそこそこいる。

一部には、パワハラやセクハラの何たるかを理解せず、自分の素直な気持ちをそのまま表出することが、自由な権利であるかと履き違えている人がいる。これは男の方がずっと多いと思っていたが、昨今の幾つかの事件からすると、必ずしもそうとは言えないと思うに至った。

狭くて閉じた人間関係の中で、絶対的な上下関係が継続した結果、上位者が歯止めが効かなくなり暴走するという事件も多い。

多くの個人経営事務所、多くの議員事務所、多くの零細企業、多くの中小企業、多くの家族の中の専業ハウスキーパー、多くの学校のクラブ活動、多くの職人や音楽家の師弟関係。このようなところでは人権の問題が多いと思われる。

閉じた社会では、問題を報告したり人の目に触れる場がないので危険がいっぱいだ。自衛しないといけないということは明らかであるが、若者や未成年者を守る方法が十分でない。多いに検討する必要があるのだが。

 

4

とりあえず「グーしか出さない」人を見かけたら、逃げるに越したことはない。実際のところ、うまく逃げるテクニックが必要で、その練習も必要である。

危ないと思った時には「納得感のある外出事由」をタイミングよく繰り出して、被害にあう前に逃れられるよう、日頃からTPO別に数パターンずつ用意しておく必要がある。

 

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